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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2598号 判決 1973年5月25日

原告

中筋昭三

被告

菊水株式会社

主文

被告は、原告に対し、金一、七一〇、九五八円およびこれに対する昭和四五年六月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は、原告に対し、金三、二六二、八九〇円およびこれに対する昭和四五年六月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二請求の原因

一  事故

原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一)  日時 昭和四一年三月一六日午前一〇時二〇分ごろ

(二)  場所 大阪市南区二ツ井戸町一番地先交差点

(三)  加害車 普通乗用自動車(八大阪い七三七一号)

右運転者 福田喜久男

(四)  被害車 自動二輪車

右運転者 原告

(五)  態様 被害車が東から西に向つて進行中、加害車が北から南に向つて進行してきて衝突した。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  使用者責任

被告は、自己の事業のため福田を雇用し、同人が被告の業務の執行として加害車を運転し、交差点内に進入するに際し、一時停止の標識があるのに、交差点の手前で一時停止して左右の交通の安全を確認するべき注意義務を怠つた過失により、本件事故を発生させた。

三  損害

原告は、本件事故により、次の損害を蒙つた。

(一)  治療費 三六三、二一〇円

原告は、本件事故により、右下腿中央部の脛骨および腓骨々折の傷害を受け、昭和四一年三月一六日から同年四月二二日まで、同年九月二日から同月五日まで、同年一二月一二日から同月二六日まで、昭和四三年一一月二七日から同月二九日までそれぞれ白壁病院に入院して治療を受けたが、手術瘢痕に仮骨過剰形成があつて圧痛を伴い、冬季には疼痛が残つている。原告は、右治療費として三六三、二一〇円を要した。

(二)  入院付添費 六一、九〇〇円

(三)  入院雑費および栄養費 六四、〇〇〇円

原告は、入院雑費として二二、〇〇〇円、自宅療養中の栄養費として四二、〇〇〇円合計六四、〇〇〇円を要した。

(四)  休業損害 一、三八一、〇〇〇円

原告は、事故当時、天王寺総合企業組合の営業所主任として勤務し、一ケ月五六、〇〇〇円の給与を得ており、昭和四一年三月からは一ケ月六一、〇〇〇円の給与を得る筈であつたが、本件事故による受傷のため、同月一六日から昭和四二年一二月末まで休業を余儀なくされ、昭和四一年三月分の給与三三、〇〇〇円、同年四月から昭和四二年一二月までの給与一ケ月六一、〇〇〇円の割合による二一ケ月分合計一、二八一、〇〇〇円、営業所の成績不良のため支給されなかつた利益配当金六四、〇〇〇円、昇給停止分三、〇〇〇円以上合計一、三八一、〇〇〇円の収入を失つた。

(五)  慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

(六)  弁護士費用 二五〇、〇〇〇円

(七)  損害の填補 三六三、二一〇円

原告は、被告から本件事故による損害賠償として三六三、二一〇円の支払を受けた。

四  よつて原告は、被告に対し、金三、二六二、八九〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年六月二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因第二一の事実は認める。第二二の事実中(一)の事実は認める。(二)の事実のうち福田の過失は否認するが、その余の事実は認める。第二三の事実は不知。

二  福田は、加害車を運転して北から南に向つて進行し、交差点手前の停止線で一時停止し、西側の安全を確認したうえ発進し、交差点中央部の手前で再び停止して東を見たところ、原告が被害車を運転して東から西に向つて進行してきて交差点の中央より約五メートル手前で停車したので、発進した直後に被害車が急速度で加害車の前方を通過しかけたため、急ブレーキをふんだが間に合わなかつたものである。従つて本件事故は、原告の過失によつて発生したもので、福田には過失はなかつたから、被告は、加害車の運行供用者としての責任を負わない。

三  原告の被告に対する損害賠償請求権は、昭和四一年三月一六日から三年の経過により、時効によつて消滅したから、これを援用する。

四  仮に前記二、三の主張が認められないとしても、本件事故発生については原告にも過失があつたから、損害額の算定について過失相殺されるべきである。

第四被告の主張に対する原告の認否および主張

一  被告主張の第三二ないし四の事実は否認する。

二  被告は、原告の治療費を数回にわたつて支払い、その最終支払日は昭和四四年一月一〇日であるから、同日、原告に対して本件事故による損害賠償債務を承認したもので、消滅時効は中断している。

三  仮に右主張が認められないとしても、被告の事故係で被告代理人の仁張は、昭和四三年四月一五日、原告代理人の喜多川栄三に対し、本件事故による原告の損害を賠償する意思を示し、債務を承認した。

四  原告の傷害が治癒したのは、昭和四四年一月三〇日であるから、本件事故による原告の被告に対する損害賠償請求権の消滅時効の起算日は同日であり、原告は、同日から三年以内に本件訴を提起したから、消滅時効は完成していない。

五  仮に消滅時効が完成したとしても、被告は、事故の発生も原告が治療中であることも、再度の手術もすべて知つたうえ、原告との間で、原告が治癒したうえで双方弁護士を通じて損害賠償の話し合いをするとの了解をしていたから、時効の援用を主張することは権利の濫用というべきである。

第五原告の主張に対する被告の認否および主張

一  原告主張の第四二ないし五の事実は否認する。

二  被告は、白壁病院からの請求により、直接同病院に対し、原告の治療費を数回にわたり支払つたものであるから、右支払は原告に対する債務の承認とはならないし、仮に債務の承認となるとしてもその効力は治療費に限られるべきである。

第六証拠〔略〕

理由

一  事故

請求原因第二一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因第二二(一)の事実は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は南北に通ずる道路と東西に通ずる道路とが交わる交通整理の行われていない交差点内で、幅員は、北に通ずる道路が約八メートル、南に通ずる道路が約六メートル、東に通ずる道路が約八メートル、西に通ずる道路が約一一メートルで、東西道路の幅員が交差点の東と西で異なつているため、北から東方は交差点内に相当進入しなければ見通せない状況で、南北道路からの交差点への入口附近には一時停止の標識が設置されていたこと、福田は、加害車を運転して北から南に向つて進行し、交差点を直進通過しようとし、交差点の北側入口手前で一時停止して西方の交通の安全を確認したうえ発進し、交差点内で東方の交通の安全を確認するため再度一時停止した際、被害車が東から西に向つて進行してきて交差点の手前で停止したのを認め、先に交差点内を通過しうるものと考えて発進した直後、東から西に向つて発進進行してきた被害車に気づいて急ブレーキをかけたが及ばず、加害車の前部を被害車の右側中央部に衝突させたこと、原告は、被害車を運転して東から西に向つて進行し、交差点を直進通過しようとし、交差点の東側入口手前で一時停止して北方からの車両の有無を確認したところ、加害車が北から南に向つて進行してきて停止したため、発進して交差点内を進行中に本件事故が発生したことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、福田は、加害車を運転中一時停止して被害車を認めた際、被害車の動静を十分注視し、その通過を待つたうえ発進するか、または被害車が加害車を先に通過させるよう停止し続けることを合図によつて確認したうえ発進するべき注意義務を怠つた過失によつて本件事故を発生させたものと認められる。

従つて被告は、加害車の運行供用者としての責任を免れず、原告に対し、本件事故による損害を賠償するべき義務がある。

三  時効

本件事故発生日は昭和四一年三月一六日であることは前記一のとおりであり、原告は、同日から三年経過後である昭和四五年五月一九日に被告に対する本件訴を提起したことは本件記録上明らかである。

〔証拠略〕を綜合すると、原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和四一年三月一六日から昭和四四年一月ごろまで白壁病院に入、退院をくり返し、その治療費は三六三、二一〇円となつたこと、白壁病院は、原告の承諾のもとに、被告に対して右治療費の支払を請求したこと、被告の業務部長の宇野義夫や事故係の仁張勇は本件事故による原告の傷害については被告にその損害賠償債務があるものと考えていたので、その債務額については後日原告と話合の上決定することとし、とりあえず治療費のみは全額支払うことにして、仁張勇が被告を代理して白壁病院に対し、数回にわたつて右治療費三六三、二一〇円を支払つたが、その最終支払日は昭和四四年一月一〇日であつたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。

以上の事実によれば、被告は、昭和四四年一月一〇日、右治療費の支払により、原告に対し、被告の原告に対する本件事故による損害賠償債務を承認したものというべきであり、本件訴は、同日から三年以内に提起されているから、原告の被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は中断したものである。

被告は、右治療費支払は、直接白壁病院に対してなされたものであるから、原告に対する債務の承認とはならないし、仮に債務の承認になるとしてもその効力は治療費に限られるべきである旨主張するが、前記認定の事実によれば、白壁病院は、原告に対する診療契約上の債権の弁済を得るための手段として、原告から、原告の被告に対する損害賠償請求権を治療費額の限度で取り立てる権限を与えられ、右取立権限により被告に対し、治療費の支払を請求し、その取り立てた金額を原告の白壁病院に対する治療費債務の弁済に充当したものと認められるから、被告の白壁病院に対する治療費の支払行為は、原告に代わつて損害賠償請求権の一部弁済を受ける権限を有する者に対する弁済として、原告に対する債務の承認となるものと解すべきであるし、また、交通事故によつて傷害が生じたことによる損害賠償債務は、治療費、逸失利益、慰藉料等の損害費目ごとに別個に発生するものではなく、傷害にもとづく一個の損害賠償債務が生ずるにすぎないものと考えられるから、被告が原告に対する損害賠償債務の一部である治療費を支払つた以上、本件事故による損害賠償債務全体について債務承認による消滅時効中断の効力が生ずるものというべきである。

従つて原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告の時効の抗弁は理由がない。

四  損害

治療費 三六三、二一〇円

(一)  〔証拠略〕を綜合すると、原告は、本件事故により、右脛骨および腓骨々折の傷害を受け、昭和四一年三月一六日から同年四月二二日まで三八日間白壁病院に入院し、同月二三日から同病院に通院して治療を受けたが、昭和四一年七月ごろから骨折部の腫脹および異常可動性が生じ、レントゲン検査の結果、手術部の骨新生不良、仮関節形成の疑いがあつたため、同年九月二日から同月五日まで四日間入院し、脛骨々折部に対して骨穿孔術を施行され、その後同月二二日、右下腿から右足にかけてギプス固定して経過観察をされていたこと、原告は、その後脛骨々折部の象牙化、仮関節形成が生じたため、同年一二月一二日から同月二六日まで一五日間同病院に入院して象牙化した部分の除去手術を受け、その後も通院を続けていたが、昭和四三年六月ごろからレントゲン検査の所見が改善され、同年一一月二七日から同月二九日まで三日間同病院に入院して内副子を除去され、昭和四四年一月三〇日、右足の手術瘢痕に軽度の圧痛があるほかにはさしたる後遺障害もなく治癒したこと、原告は、右治療費として白壁病院に対し三六三、二一〇円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  入院付添費

原告が入院中付添看護を要し、付添看護を受けてその費用として六一、九〇〇円を要したことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  入院雑費 一八、〇〇〇円

原告は、六〇日入院したことは前記四(一)のとおりであり、入院中一日三〇〇円の割合による六〇日分合計一八、〇〇〇円の雑費を要したことは経験則上これを認めることができるが、右金額をこえる雑費や自宅療養中の栄養費は本件事故と相当因果関係の範囲内の損害と認めることはできない。

(四)  休業損害 一、三一一、五〇〇円

〔証拠略〕を綜合すると、原告は、事故当時三九才で、天王寺総合企業組合の組合員で同組合の自動車の修理販売営業所の所長として勤務し、昭和四三年三月一日から一ケ月六一、〇〇〇円の給与の支給を受ける筈であつたが、本件事故による受傷のため、昭和四一年三月一七日から昭和四二年一二月末まで二一・五ケ月間休業を余儀なくされ、その間の給与の支給を受けられず一ケ月六一、〇〇〇円の割合による二一・五ケ月分合計一、三一一、五〇〇円の収入を失つたことが認められる。しかし原告が右休業によつて右金額のほかに利益配当金等の支給を受けられなかつた旨の原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  慰藉料 七〇〇、〇〇〇円

前記四(一)の原告の傷害の部位、程度、治療の経過および期間、後遺障害の内容、程度を合わせ考えると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対する慰藉料額は七〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

(六)  過失相殺

前記二の事実によれば、本件事故発生については原告にも被害車を運転中、加害車の停止を認めた際にその動静を十分注視して加害車が停止を続けることを確認したうえ進行するべき注意義務を怠つた過失があつたものと認められ、損害額算定についてしんしやくするべき原告の過失割合は二割とするのが相当であると認められる。

従つて原告の損害額は前記四(一)、(三)ないし(五)の合計二、三九二、七一〇円の一〇分の八の一、九一四、一六八円となる。

(七)  弁護士費用 一六〇、〇〇〇円

本件事案の性質、審理の経過および認容額に照らし、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうるべき弁護士費用額は一六〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

(八)  損害の填補 三六三、二一〇円

原告は、被告から本件事故による損害賠償として三六三、二一〇円の支払を受けたことは原告の自認するところである。

五  従つて原告は、被告に対し、前記四(六)の金一、九一四、一六八円と前記四(七)の金一六〇、〇〇〇円との合計金二、〇七四、一六八円から前記四(八)の金三六三、二一〇円を控除した金一、七一〇、九五八円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年六月二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告のその余の請求は理由がない。

よつて原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

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